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業界別インタビュー

2017年7月25日

「世界で戦えるIT人材を育成する大学」づくりを。見ているものは世界です [教育・学習支援] 猪塚武

教育・学習支援

キリロム工科大学
校長: 猪塚武 Izuka Takeshi
「会ってすぐ、その頭の回転の速さが分かる。突き抜けていないものは要らないんです。」そう話すのは、本人もIT分野で起業し、日本のシェアトップまで登り詰めた猪塚武氏。現在はカンボジアのキリロムで、世界と戦えるIT人材を育成する大学を経営している。世界が注目する大学作りやIT教育の展望、IT人材の問題点について話を伺った。(取材日/2017年3月)

満面の笑みで「別の会社に行きます」

――ご自身の背景も含めて自己紹介をお願いします

猪塚武(以下、猪塚) 元々物理学の研究者で、東工大で博士課程にいました。タイミングよくIT企業を起業して、一時はアクセス解析で日本一位。4億円ほど上場せずに調達したんですよ。しかし残念ながらその後グーグルが無料のものを提供し、NTTコミュニケーションズに売却せざるを得なくなったのが最初の戦いです。その時に、良いIT人材はアメリカに集まる。日本で良い人材を確保するのは大変だと思いました。

 その後ITの子会社をインドと中国に作りました。しかし、中国はIT人材のレベルが低く、インドは、レベルは高いが一緒に働く日本人が英語を使いこなせない。インドはアメリカ人と連携してやることが多かったですね。

 これまでの経験を基に、次はどうするかを考えカンボジアに来ました。最初はリゾートを作っていましたが、最新のリゾートのため、カンボジアで人材を探そうとしたら全くいない。候補者が少しいるレベルではなく全く、0なんです。前の会社ではデータベースエンジンを作っていたほどで、本当に最先端でした。そんなエンジニアは先進国にはいますがカンボジアには全くいない。


――それで、教育分野への進出を決心されたんですか

猪塚 そこでまずは出来そうな人を教えようかなと思いました。半年ほど教えると、ぐんぐん伸びるからいいなと思っていたら、満面の笑みで「別の会社に行きます」と。そこでは給料が倍になるんです。倍の値段も決して高くはありませんが、その金額を払うとバランスが取れなくなります。これが発端となり、このままだと街を作るという事業が出来ない。そう考えた結果、こうなったら大学を作ろうと思いました。

 大学にした理由は、大学を出た人を採用するのは候補者がおらず、教え直す必要があり、また、他社に引き抜かれる可能性があります。高校卒業後の一番優秀な人を徹底的に教えたら結果が出るんじゃないかというコンセプトで実験を始めました。これで上手くいったのがキリロム工科大学です。今のレベルは、東大でふらふらしている人より上ですね。それを見て大学はこうあるべきだなと思っています。

 キリロム工科大学は、自分だけのアイデアではなく、最先端の教育改革をされている方の議論を基に作られています。日本にも素晴らしい先生が沢山いて、教育改革しようとする人も多いです。しかし、日本だと実現することが難しい。カンボジアだと、国のリーダーたちが我々のことを信用してくれましたからね。

学校自体が変わってく、時代の変化に最も早くついていく大学を目指しています

――大学のコンセプトを教えて下さい

猪塚 世界で戦えるIT人材を育成する大学ですね。学生は全員が奨学生で、在学中の学費・生活費が免除される代わりに、カリキュラム終了後に奨学金提供企業に就職し、4年以上は働く仕組みです。そのため、入学倍率は20倍ですね。学生も入学してから必死に勉強します。

 なので、4年間の新入社員教育だと思って頂ければと思います。スポンサーフィーは1人当たり約130万円〜200万円で、生まれた家庭の経済状況に依存せず、リーダーが羽ばたけるインフラがキリロム工科大学です。ただし学習は、ITに詳しい人が聞けば誰もが驚くレベルですよ。また全寮制で、授業は全て英語、先生はインド人とフィリピン人のプロフェッショナルです。

 今年で始めて3年になります。学校自体が変わってく、時代の変化に最も早くついていく大学を目指しており、我々自身が、毎年ダイナミックに変わっていきます。そのため、受け入れる会社、奨学金を出す会社も、変化の多い業界にどんどんマッチする、そんな成長している会社と一緒に成長したいですね。ベトナムのオフショアとは考えがちょっと違うと思います。

 採用する側に良い人材の宝庫だと思われないといけない。昔の言葉で言うと虎の穴ですかね。採用する人のドリームスクールにしたいと思っています。

――大学の強みを教えて下さい
猪塚 とにかく学生が優秀なことです。カンボジアの中ではダントツで、日本のITエンジニアと比べても現段階でかなり優秀ですね。あとは、全寮制の学校を作るときのコストが劇的に安い。他の場所で同じものを作ると大変だと思います。

 また、圧倒的な知名度。全寮制の理由は、世界中の人が集まるインターナショナルスクールであり、カンボジア人向けの大学ではないからです。自分たちでリゾートを作る、学生にとっては夢のような場所です。先生もここに住みたいと思ってくれる。実際、インド人の先生からは1800人もの応募がありました。

――大学としての将来の展望を教えて下さい

猪塚 まずは、カンボジアで最大級の大学になること。ゆくゆくは、全寮制のITの学校では、「アセアンで一番大きいよね」と言われる学校になります。クオリティは今でも一番だと思いますが。

 ただもちろん数もそうですが、我々の一番の理想は、卒業生がお金持ちになることです。とにかく卒業生の価値を上げて、企業としても、「払った金額は高いけどパフォーマンスはそれ以上だよね」って、全員が成功していくことだと思います。先生中心ではなく、生徒と就職先が中心となる学校。そこはベクトルが一致していますね。

 将来の学生数は3万人を予定しています。街自体が10万人のため、3割くらいの学生数ですね。

ITが、カンボジアで一番お金持ちになる仕事だというのを理解してもらう必要があります

――カンボジアのIT人材・IT教育の現状を教えて下さい

猪塚 現在、教育を良くしようと教育大臣が頑張っており、今後は良くなる一方だと思います。しかし、まだ先生のレベルが低いためスピードはゆっくりでしょう。良い先生がいないとIT教育は上手くいかず、面白い仕事が無いとIT人材は育たない。カンボジアでは面白い仕事が少ないため、ここを増やすのもポイントかと思いますね。仕事が増えるとOJTを行うことが出来ます。

 草の根で良くなっていることってあまり表に出ないので分かりにくいですが、急速に良くなっているとは思う。我々の学生がFBで何をやっているかを自慢すると、その友達も学びたいと言っている。なので、我々がリードしながら全体も上がっていくといい。

――今後、IT人材・IT教育はどのように変化していくと思われますか

猪塚 まずはITの仕事が、カンボジアで一番お金持ちになる仕事だというのを理解してもらう必要があります。現在、シリコンバレーのITエンジニアの給料が1000万を超えており、カンボジアに換算すると200万円くらいでしょうか。上位の何人かはアメリカに行けるくらいの人材です。あとは、世界が変化していくスピードに先生が付いていけるかどうか。そこは、我々がカンボジア全体を引き上げるようにすればいいと思います。

 我々はここ2年で出来た唯一の大学で、政府は各大学のレベルを上げようとしています。他の大学にもプログラミング学科はありますが、カリキュラムは全然違います。そこを辞めてうちに来た人もいる。また、他の大学はクメール語で授業をしており、かつ英語で教えている大学はありませんね。英語で最先端のITをガンガン教える。そんな大学はキリロムしかありません。

 また、日本の入学希望者にとっては、正規の大学のため日本育英会の無利子の奨学金が使えます。授業料と生活費を合わせて4年間で480万円くらいですね。カンボジアでは劇的に高いですが、日本に比べると生活費も含まれているため安価です。成績が良ければ、卒業時に奨学金を出しますのでそれで返済も出来ます。日本の学生にとっても良い選択肢かと思います。もちろん入学試験がありますので、4月からキリロムに来て、英語をしっかり勉強した後、9月入学というのも考えています。

――カンボジアのIT人材・IT教育の問題点を教えて下さい

猪塚 一番は先生ですね。先生がどんなITに価値があるか知らないですし、知っていても教えられません。知らないとその分野に踏み込めない。また、需要があればその分野を先生が教えますが、需要が無いと教えられません。

 いま、多くの企業が「人材がいない」と諦めています。我々がIT企業を作るかもしれないですね。家族を大事にするカンボジア文化の中、学生たちも最終的にはカンボジアに帰ってきたいと言います。そのためには、良い働き先を増やす必要がある。「いざとなったら戻れる場所を作っておこう。カンボジアをデジタル化しよう」と思っています。

――カンボジアのIT人材・IT教育でホットなトピックスがあれば教えて下さい

猪塚 デジタルマーケティングはニーズがありますね。あとは建築の管理やERPなど。基本、外国製のものをインストールして運用するのが主です。人材が弱いため、システムで強化するというのが無いと厳しいかと思います。

万が一辞めてしまったら。全てうちが連帯保証します

――日本企業に期待していることを教えて下さい

猪塚 学生は全て企業からの奨学金で学校に通っているため、学生を受け入れてくれる企業と奨学金が必要です。当初は学生が優秀かの保証が出来なかったため、2年半奨学金を受けませんでした。ただ昨年の9月に、これなら大丈夫とスポンサーを募り、結果ワークスアプリケーションを含む3社から奨学金を頂き、現在も数社とテストをしています。

 この仕組み、とても良いんですよ。ただもちろんリスクもあります。最高レベルの学生はアメリカを目指せるレベルですが、当初は英語が話せない学生もいました。しかし、3期生では英語のテストも導入している。ただ、出来るエンジニアほど、語学の学習時間をIT習得にあてるため、英語が話せません。そのため、言語でフィルタをかけてはいけないとも思っています。

 いまは、英語が苦手な人は、入学前に半年しっかり英語を勉強するカリキュラムも考えています。スポンサーには、個人のレベルや習熟度が一目で分かるようになっており、採用時には同じスポンサーでも、レベルに応じて給料を変えられます。また万が一、給料を出せないレベルの学生がいた場合は、当社に残ります。なので、スポンサーががっかりすることはありません。

 日本企業がカンボジア人を採用するのはリスクです。万が一レベルが低かったら。万が一辞めてしまったら。これらを全てうちが連帯保証します。採用は、日本でもカンボジアでも大丈夫。我々のことを信用してもらえれば、安心して頂ける仕組みです。

――最後にメッセージをお願いします

猪塚 IT人材としてのレベルはかなり高いと思うので、まずは奨学金を検討する前に一回お試し発注をして下さい。3ヶ月くらいのインターンが一番分かりやすいと思います。あとは、ぜひ一度お越し頂いて、見て欲しいですね。(取材日/2017年3月)


キリロム工科大学
事業内容:IT人材育成大学
URL: http://www.asiato.asia/
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