カンボジアのスーパーに行けば、国産品をはじめ輸入した高級ミネラルウォーターまで、おびただしい数のペットボトル水が並んでいる。1本(500ml)500リエルから、2~3ドルの高級品まで価格帯も幅広い。この状況をみるだけでも、カンボジアでの水ビジネスのマーケットの大きさが理解できる。
カンボジアの水ビジネスがこれだけ巨大化しつつあると、一見、利益を享受し易いように思いがちだが、難しい一面もあるという。コカ・コーラの販売するペットボトル水、DASANI(ダサニ)を扱っているカンボジア・ビバレッジ・カンパニーのリム・リナ広報部長によると、「カンボジアは自由市場ですから、国内産だけでなく、輸入したものを含めると数を把握できないくらいの水が販売されており、競合が多く、安価な商品も多くあります。最初は、新商品の特長を知っている人すらいませんし、売ってくれる店もありません」と、競合他社との競争の激しさ、商品認知の難しさをあげる。一方、Vital(ヴィタール)を販売しているNVCコーポレーションのイー・チャンナ副社長は「カンボジア国民は自国の商品を信頼する傾向にあります。
この国での水の大切さを十分理解しているため、多くの人が安全、健康のために水を購入しています。今後は砂糖入りの清涼飲料水を減らして、純粋な水を買う人が増えるだろうと予測します。昨今の水ビジネスを取り巻く発展のスピードの早さを感じていますが、我々はさらに成長できると確信しております」と自信を語った。
メーカー各社は独自の品質管理や製造法を用いて、競合他社と差別化を図っているのが特徴だ。NVCコーポレーションのイー氏は「消費者の健康を維持するため技術基準に準拠しつつ、高品質の飲料水の生産・供給・サービスを手頃な価格で提供しています。
赤ちゃん用ミルクも安心して作れる水の品質は、自社工場で徹底した管理のもと、いくつもの行程でろ過やオゾンを使った殺菌処理を繰り返すことで、汚れはもちろんカルシウムや塩素などの不純物質まで取り除いた軟水を製造しているからです」。また、「品質、安全、衛生の3つを注視しており、自社のみならず、毎月鉱工業エネルギー省とパスツール研究所による品質チェックを実施し、これらの機関に認定されてから、市場に流通しています」と付け加えた。ヴィタールは、植樹や献血のサポート・啓蒙活動などの社会貢献も積極的で、消費者へ向けた商品アプローチも多岐に渡っている。
一方、コカ・コーラの場合は「ダサニのロゴマークは、カンボジアだけでなく世界共通で使用しています。即ち、世界基準の水を作っているということです。また、少ない原料でペットボトルを作る努力やフィルムに至るまで、環境に配慮しています」とリム氏は世界基準の品質をアピールし、「カンボジアでのダサニの売り上げは年々増加しています。現在は年間1.6億ドルです。私たちが提供しているコカ・コーラを含む9種の飲み物の中で、ダサニの売り上げが最も大きいのです」と、認知度の高さを示した。
これまで紹介してきたのは、水道水をろ過精製したペットボトル水だが、カンボジア国内で生産した天然ミネラルウォーターもある。「eauKulen(オークーレン)」を販売しているクララウォーターは、カンボジア初の天然ミネラルウォーターメーカーだ。原水は、シェムリアップ郊外にあるクーレン山の麓にある深い帯水層から水を汲み上げ工場で製造している。クララウォーターのマネージングダイレクター、ジャック・マルセル氏は「オークーレンは、カルシウムとマグネシウムが豊富で、これらの成分を残しつつ、口当たりの柔らかい軟水に仕上げています。
自然でバランスの取れた天然ミネラルウォーターであることは、ラベルにきちんと表示をしています」と述べた。商品は、シェムリアップにある最先端のボトリングライン設備が整った工場で製造され、世界基準の安全性をチェックし流通させている。マルセル氏は「製造施設はフランスの専門家チームにより厳格な国際基準の下で構築されています。化学的な処理は、この純粋な天然ミネラルウォーターの最高の味と健康の利点を保持するために使用していません」と世界基準の水作りに自信をみせる。
カンボジアの首都プノンペンでは、公営企業であるプノンペン水道公社(PPWSA)の活動が功を奏し、24時間飲用に適したきれいな水が出る。これは世界的にみても珍しいことだ。この輝かしい実績の影には、日本の北九州市の水技術が生かされていた。
北九州市水道局は1999年から2006年にかけて現地に職員を派遣、水道施設を維持管理できる人材育成と技術協力を行い、北九州市の水道システムを導入し、その管理方法をマニュアル化・徹底指導している。「プノンペンは数十年続いた内戦によって水道は壊滅的な影響を受け、ほぼ休止状態でした。当時の厚生省が各自治体に声をかけ、それに応じたのが始まりです。当時は水道の蛇口をあけると茶色の水が出てきたそうです」と、北九州市上下水道局の石井秀雄氏は北九州市がプノンペン水道公社に関わることになったいきさつを語る。
その後も小さいプロジェクトを挟みつつ、2003年からJICAの技術協力プロジェクト・フェーズ1が3年計画でスタートする。このフェーズ1の時にも、北九州市は専門家を派遣。日本が無償で作った浄水場の運転が始まり、2005年には遂に飲料可能宣言するまでになる。
「当初、水道施設の維持管理の質を判断する漏水率は72%と高かったのですが、北九州市の管理方法を導入した結果、劇的に改善され、現在は5%を維持しています」と、水道水が飲めるようになっただけでなく、漏水率も日本並みになったことをアピール。この偉業はいまや“プノンペンの奇跡”と呼ばれている。
「フェーズ1が成功を収め、カンボジアで飲める水が配れるようになりました。フェーズ1が終わった2006年にバッタンバン、コンッポンチャムなど地方8都市に水道施設がADBや日本の支援で出来上がっており、プノンペンの成功を全国展開しようとフェーズ2が始まり、5年続きました。
水道公社で育てた人材をトレーナーとして地方で活躍させることで、水道公社と地方の水道局との関わり合いを深くするようにしました」と、石井氏は北九州市が長くカンボジアの水道事業に携っていることを付け加えた。またそんな長い経験から「大きな水道事業を受託できる経験は、入札条件に経験年数が問われることもあり民間企業にはありません。北九州市としては国際貢献という柱でJICAのプロジェクトに携ってきましたが、それだと期間もお金も限られます。
もう少し長い期間でやると、人材育成のプロジェクトにビジネスという視点も加えて、発展途上国に対して貢献ができると思います」とアドバイス。さらに「カンボジアではライセンスを取得すれば水を供給する事業を起こせるので、やる気がある日本の民間企業がいれば、カンボジア政府への橋渡しとして我々が担うこともできます」と付け加えた。北九州市の実績は高く評価され、現在カンボジアの地方都市やベトナムのハイフォン市でも技術協力を踏まえた水ビジネスが進んでいる。
前出の北九州市上下水道局と共に、カンボジアやベトナム・ハイフォン市を対象とした海外水ビジネスの展開にあたり、相互に協力している日系企業のメタウォーターがある。このメタウォーターは、独自の機械技術と電気技術を併せ持つ水・環境分野の総合エンジニアリング企業だ。水資源の循環を創り出すための最適解を提供するという理念のもと、国内外の水道・下水道・環境分野で、浄水場、下水処理場、リサイクル施設などを支える機械設備や電気設備を軸に事業を展開。カンボジアには2013年4月に駐在員事務所を開設した。
メタウォーターは、北九州市がJICAより受託された「水道事業人材育成プロジェクト フェーズ2」に2008年より2年間専門家派遣をしたのがきっかけとなり、カンボジアでの水ビジネスに取り組んでいる。メタウォーターのカンボジア・ベトナム駐在事務所長、水谷滋氏は「今までは日本政府やJICAから水ビジネス関係のFS調査を複数受託しました。
一昨年には、日本の無償資金で整備された地方州都における配水管の遠隔流量監視設備を納入し、昨年はケップ州に弊社独自技術であるセラミック膜浄水装置を搭載したトラックを納入。このトラックは現在、ケップ州によって運営され、地域住民に安全な水を届けています。また、毎年12月に開催される、アンコールワット国際ハーフマラソンには、2013年よりスポンサーとして協力すると共に、ゴール後にセラミック膜浄水装置でろ過した水をミストシャワーとして、世界各国から来たランナーに提供しました」と、単なる技術提供だけにとどまらない、民間ならではの取り組みや事業、実績を述べた。
メタウォーターは、北九州市および北九州市海外水ビジネス推進協議会との連携をより強化し、カンボジア、ベトナムのみならず、アジアにおける今後の水ビジネスの展開も視野に入れている。「プノンペンに住んでいると、水の不便さの実感はないと思いますが、プノンペンが特別で、地方に行けばまだまだ上水道は整備されていません。今後も地方都市で浄水場整備が進みますので、カンボジアの皆様に安全な水を安定的に供給できるお手伝いが出来ればと思っています。
また、下水道についてはプノンペンでさえ整備されていないのが現状です。現在、日本の協力のもと下水道整備計画がスタートしたところです。弊社は、建設費・維持管理費が従来処理方式よりかなり安価な省エネ型下水処理システムも保有しており、こちらでもお役に立てればと思います」と、今後も続くカンボジアとの関わりについて語った。
水不足が深刻な国や地域もある中、安定した生産で流通するペットボトル水など、カンボジアでは安心安全な品質の水を手に入れることができる。ただ、きれいな水を飲めるのはまだまだ都市部に限った話。今後も様々な企業が水ビジネスに参入し、競争は激しさを増すだろう。カンボジアの奇跡と呼ばれた北九州市の実績があるように、日本が誇る超一流の技術だけでなく、これからは世界の水ビジネスシーンをリードしていくことを期待したい。