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イオンモールプノンペン開業、示唆に富むその舞台裏。ビジネス視察で見るべきポイント Vol.1

本年6月末、カンボジアの首都プノンペン中心地に同国初となる巨大ショッピングモール「イオンモールプノンペン」がオープン。 直後の週末には一日10万人以上を集客するという華々しいデビューを飾り、その後約1月半が過ぎた(本稿執筆時現在)。

 敷地面積 約68,000㎡、延床面積 約108,000㎡の地上4階建て。駐車台数約1,400台、駐輪台数約1,600台。規模としては、隣国ベトナムのホーチミン市郊外に本年1月オープンした「イオンモール タンフーセラドン」(延床面積 約78,000㎡)の約1.4倍に相当する。

 総合スーパー及び食品スーパーからなる「イオンプノンペン」を核店舗とし、隣接するイオンモールには、飲食やアパレル、宝飾、雑貨などの小売を中心とした190店の専門店テナントが出店(うち日本からの出店49店)。他にも、約1,200席を擁するカンボジア国内最大のフードコート、シネマコンプレックス、ボーリング場、スケートリンク、ゲームセンターなどのアミューズメント施設や、料理や語学など各種アフタースクールも備え、おまけに太陽光発電やLED照明など省エネ設備も具備されている。日本にある既存のイオンモールと比べても遜色ない、どころか最新鋭レベルに相当するショッピングモールだ。

 マレーシア、中国、ベトナム等、果敢な海外進出を図るイオンモールの既存店舗の中でも、「イオンモールプノンペン」はアジア屈指の規模を誇り、その総工費は200億円を超えたと言われる。人口約178万人(2013年人口中間調査)の小都市プノンペンに、巨大な非日常空間が突如出現した格好だ。ちなみに先述の「イオンモール タンフーセラドン」がオープンしたホーチミン市の人口は約780万人(2013年現在、各種調査機関推計)。プノンペン人口はその1/4以下という事になる。 「イオンモールプノンペン」の店舗情報や見どころについては、各種カンボジア関連情報誌やブログ等の個人情報発信が数多く取り上げているだろうから詳細はそちらに譲るとして、本稿ではこの巨大ショッピングモール開業前のドタバタ劇と、開業後から現在までの経緯から見える、今後カンボジアに事業進出するうえで参考になりそうなポイントをお伝えしたい。

開業前、すでに分かれていた明暗

 モール開業予定日の数か月前から、日系テナント事業者に限って見ても約50店舗(≒約50社)にのぼる事業者が、同じタイミングの店舗開店を目指し、ほぼ同じようなタイミングでその準備に乗り出した。日本語を話せる人材から店舗スタッフにいたるまでのローカルスタッフ採用、各種材料や備品の物流手配、店舗の設備・内外装の工事と、各企業が準備にとりかかる順番もほぼ同じ。日系・ローカル系含むプノンペンの各種現地業者には、一斉に準備スタートしたテナント事業者から、同時期に同様な業務依頼が殺到した。

 プノンペンはまだまだ狭い街で、さらに狭い各業界(数社しかいないレベル)内はもちろん、その業界垣根すら軽く超えて、知り合いの知り合いは皆知り合い、と言ってよい状況だ。本稿執筆時現在、在カンボジア日本大使館に在留届を提出した日本人はようやく2,000人を超えた程度(ベトナムは9,000人以上、タイにいたっては4〜5万人といわれる)。在留届を未提出の日本人も多く存在するといわれ、実際の在住日本人はその倍以上の人数がいるのでは、との推計も聞かれる。 2,000人の倍以上という推計を信じて、仮に4,000人前後の日本人が実際カンボジアに在住しているとして、さらに仮にその75%の3,000人がプノンペンに在住しているとする。その在住者5人が飲みに集まって、そのうち誰かが語った「ここだけ話」を、その5人各々がまた別の5人との「ここだけ」の飲み会で話して・・・という事を週に1回繰り返すだけで、5週間目には在住者全員に共有される計算になる。職場やカフェでのお茶飲み話も考慮すれば、情報が全員に行き渡るのに要する期間はさらに短縮される。小さな「プノンペン村」では計算上の話だけで言うと、ほぼ全ての「ここだけ」話が、ほぼ全ての住民にあっという間に筒抜けになってしまうのだ。

 実際のテナント事業者同士も、お互い言葉通り「七転び八起き」な状況の開店準備に一喜一憂しながら、同じ船ならぬ同じモールに乗ってしまった戦友同士、その苦悩を共有する。備品や食材を輸入するのに隣国タイ経由の陸路を想定していたら、タイミング悪く5月後半に勃発したタイのクーデターと、その火の粉を恐れた出稼ぎカンボジア人就労者達の15万人を超える大量一斉帰国が重なり、タイ国境の物流が完全に停滞、届くべき備品等が届かず工事が遅れるテナントも続出。また、そもそもカンボジア人が持ち合わせている国民性や気質によるものなのか、工事を請け負うカンボジア人労働者達に差し迫る開業日に対する“アセり”が全く伝わらず、ギリギリまでのんびりとした空気の作業現場と進捗状況にキリキリと胃を痛める各テナント業者達。それらリアルタイム・ノンフィクションの苦悩話が、在住者を交えた懇親飲み会でも発散され、それが臨場感あふれた「ここだけ」話に変異して小さな村に拡散していく。結果、どのテナントのどの業務はどの業者が請け負っていて、進捗はかくかくしかじかな状況らしい、という赤裸々な実態が、ほぼリアルタイムに多くのプノンペン在住者に把握され、時には酒のツマミとなり、時には営業トークのネタになり、プノンペンのお茶の間を潤す香ばしい情報素材となっていた。関与した業者からすれば、実名を貼り出される形での一斉公開テストを衆人環視の中で受けさせられていたような状況に近い。

 タイのクーデターから現場指揮監督の諸事情まで、遅延の理由はさまざまあれど、実際のところプレオープン内覧会にしっかり間に合った/グランドオープンには何とか間に合った/現時点(本稿執筆時点)でもまだ開いていない、などテナントごとに開店準備の巧拙の差がくっきりと露呈された。実際、プレオープン内覧会にしっかり間に合わせられたテナントは数少なく、全体の2割に満たないとされる。 結果、6月20日のプレオープン内覧会のあと28日のグランドオープンまでの間、もともと予定されていたソフトオープンは中止されモールはクローズ。間に合わなかったテナントの最後の仕上げ工事に充てられる事になった。プレオープン内覧会に開店を間に合わせ、ソフトオープン期間の営業準備までしっかりしていた優等生テナントはむしろ割りを食う形となり、その期間のため用意した食材在庫などの保管や処分に頭を悩ませたという。

 それら悲喜こもごものストーリーも添えられた「業者実力公開テスト」の結果は、実質的にはプノンペン在住者の多くに実名入りで公表されてしまっているようなものだ。多くのプノンペン在住者は一部の実体験と多くの「ここだけ」話から、これら業者のウデと実績をかなり正確に把握している事になる。裏を返せば、業者にとって「ウデの見せ所」となる一斉テストでもあったモール開業準備業務。 そのテスト結果の「明暗」は多くの在住者に共有されているはずだ。 今後カンボジアに店舗型の進出を考える企業にとって、そのあたりをうまく聞き出せれば、かなり有用な事前情報となりうる、かもしれない。
(後編に続く)

髙 虎男 Ko Honam

早稲田大学政経学部経済学科を卒業後、日本の大手監査法人、戦略コンサルティング兼ベンチャーキャピタル(一部上場企業 執行役員)を経て、2008年カンボジアにて日系事業グループ「JCグループ」を創業。日本(Japan)とカンボジア(Cambodia)の頭文字をとった「JC」ブランドの下、日本の技術・ノウハウをベースにカンボジアで農業、IT、金融、物流、広告等を複合的に展開。日本公認会計士・米国ワシントン州公認会計士。


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