―――昨日は、CBP特別企画、値決め戦略勉強会「良い値決め、悪い値決め」のご講義、ありがとうございました。カンボジアでのセミナーは先生も初体験だと聞いておりますが、私たちもカンボジアにおりますとメンターとなる方に出会う機会に乏しいため、今回お聞きしたお話は大変参考になりました。ところで、田中さんがカンボジアに目をつけた理由を教えてください。
田中靖浩(以下、田中) 今回はたまたまのご縁でカンボジアに来たのですが、これはむしろ、日本をちゃんと知る機会だと思っています。私は日本の行く先に不安を持っているし、いまの日本で良いと思っていない。だからこそ海外、特にアジアで活躍している日本人と会うことに解決のヒントを探そうと思っています。アジアで活躍している日本人は「ブランド」「組織」に頼らず「個人」で考えて動いている人が多いですよね。アジアで活躍する日本人が今後の良い見本になると考えています。
田中 一昨年くらいから大企業の研修で「リベラルアーツ」というキーワードが頻繁に出てきています。「リベラル」は自由を指し、「アーツ」は芸術ではなく技術のこと。直訳すると「自由になるための技術」という意味です。日本人は周りには合わせろとか、年上は敬えとか、先輩には絶対に服従しろとか理由もなく見えない常識に思考が縛られがちです。これからは「常識を疑え」というのがリベラルアーツ。海外旅行に出てみるだけ学べることが多いです。例えばプノンペンは交通がまだまだ発達してない。これを見ると、いかに東京がすごいところか、良いところ悪いところが見えてきます。今、日本はリベラルアーツが必要な時期に来ていると思います。
―――企業の研修として取り入れているところが興味深いですね。
田中 率直なところ、私はこの流れに賛同できないです。サラリーマンが本当にリベラルになったら外に出てしまいますよね。逆に小さく商売をする人にこそ「常識とはなんぞや」と考えるリベラルアーツが必要ではないでしょうか。
―――私は元々組織に属していましたが、途上国で頑張っている方々は、学校を卒業してすぐに出てきたという人はほとんどおらず、組織にいた経験を持っている人が多いです。もし、企業に属していたときにリベラルアーツを学んでいたら、恐らく活かす機会は組織から出た後になるでしょうね。
田中 大企業のエリートがリベラルアーツを学んでいる一方、自分たちでやろうとしている商売人は目先の商売に捉われているじゃないですか。これは間違いだと思います。特に海外にいる人こそ異文化の人と触れ合うためには、きちんと学んで、違うところと共通点を見出さないといけないですよね。
―――ところで、田中さんは会計士という仕事をどう思われていますか? 現在の会計士業界の取り巻く状況も伺いたいです。カンボジアにも会計士として来ている方も増えていますし、日本の方が儲かるのに、どうしてカンボジアなのかというのも気になります。
田中 まず会計士以前に弁護士などの難関資格全般に関して言うと、苦労してとった資格だからと自分の中で必要以上に価値を見出してしまいます。これを会計では「サンクコスト」と言います。一方で最近日本の会計業界は供給側が増えたことによりあまり儲からない業界になってしまいました。
私が頭文字をとってDOGと呼んでいるデジタル(D)・オンライン(O)・グローバル(G)が複合的にやってくる環境では、熾烈な消耗戦に巻き込まれ、いくつかのビジネスに価格の下落をもたらします。最初に被害を受けるのは専門知識を売り物にしていた専門家です。特に、最もデジタルと相性の良い「数字」を扱う会計事務所が経営難に苦しんでいます。お金を払って教えてもらわなくても、ネットで調べれば大抵の問題は答えを知ることができますし、記帳代行や申告書作成などは会計ソフトによって自動化され、会計業務の多くもアジアに外注されています。
そこでみんなが付加価値をどうするかと考え、専門性を高めようとします。例えば「M&A」や「医療法人」に特化するようにいくつか強みを見つけるのですが、その中に「アジア」という選択肢も入っている気がします。会計士に限らずほとんどの資格で海外がひとつの専門性として捉えられるようになってきています。
しかし個人的には好きな流れではありません。専門性を突き詰めていく方向性はコンピュータが勝る気がするし、コンペティターと永遠にラットレースをしているような気がします。DOG環境で戦いたくない私自身は、その全く逆の方向に進みたいと思っているときに落語と出会いました。
田中 落語ってホワイトボードも使わないし仲間もいないし、講演と似ているなと。生まれて初めて聞いた落語が閉幕した時に「落語家と組もう!」と雷が走りました。それで落語家を訪ね回って、この人なら組めるかなと思った人に「一緒に仕事しませんか」って声かけて。志の輔さんの一番弟子の晴の輔さんに会ったのですね。それが10年くらい前です。
―――落語家と会計士ですか。まさか田中さんが落語で会計を説明したのですか?どういうような催し物をしたのか教えて下さい。
田中 私が落語をやりそうだとよく言われます(笑)。そうではなくて、僕は比較的真面目な格好をして、ビジネスの最前線の話をするんですね。例えば内部統制やコンプライアンスといった内容をテーマにして解説した後で、落語家さんがそのテーマに関連した落語をやるんです。全く別の人が別の角度から言っていることなのに、見ている人はこちらが言いたいことを繋げてくれるんですよね。例えばリーマンショックの時は僕がビジネス的にサブプライムローンを解説し終わった後で持参金がくるくる回るという江戸時代の落語をしました。そうするとお客さんの脳の中で「あ!」と繋がるんですね。サブプライムローンの暴落はこんなトンマなことが原因だったのかと笑えるんですよ。抽象的なものを繋げるのはコンピュータにはできないことですよね。
―――まさにリベラルアーツがないとできないことですよね。
田中 できない。ひとつ上の価値観がないとできない。これができるかどうかがサービス業の実力として大きいと思います。
―――なるほど。リベラルアーツを学んで常識を疑って、新しいことを作り生み出すことが大切なんですね。 (取材日/2016年1月)(後編へ続く)