2020年4月20日
――カンボジアにおける会計制度や税制度の現状について、教えてください。また、その中で注目している新たな動きがあれば、教えてください。
宮田 カンボジア税務の特徴として、税制度の大枠の整備はされているものの、細則の整備が遅れており税解釈が多岐にわたることが多いことから納税に対する予見が困難であることが挙げられます。契約書や請求書等の関連証憑の整備や当局への論理的な説明を怠ると思わぬところで追徴税等の税コストがかかる可能性があります。
2017年10月に経済財政省から移転価格に関するPrakas No.986が発行されました。それまでは関連当事者間取引について税務当局に再評価を行う権限を与えるという規定のみでしたが、国際税務の潮流に則りカンボジアにおいても移転価格の概念が正式に導入されることとなりました。Prakas No.986では関連当事者の定義や許容される移転価格算定方法、移転価格の文書化の義務といった大枠が定められているのみで今後の動向を注視する必要がありますが、製造業など親会社や他の関連会社との取引の多い企業については今後関連当事者間の取引価格の適正性について説明できる体制を整備する必要性がでてくることに留意する必要があります。また上記に伴い2018年8月発行のInstruction 11946や2019年3月発行のInstruction 4909において関連当事者間のローンの利率において、それまで無利息の設定することが可能とされていた利率についてアーム・レングスの原則に基づき決定すべき旨を定め、金利の決定方法の基礎を説明する文書等の作成と保管を義務付けています。
経済財政相は2016年12月に、租税総局が各企業の租税に対する遵守度合を評価し各々企業にゴールド、シルバー、ブロンズという分類で証明書を発行すると規定する大臣令No.1536を発表しています。当該大臣令について2017年8日に経済財政省より、租税総局から租税遵守レベルの評価を受けることについてのベネフィットに関する通達No.007が発表され、各分類について発行される証明書は2年間有効であること、税務調査の頻度、付加価値税の還付についての特典が明記されました。特に付加価値税の還付のプロセスにおいて、ゴールドステータスの取得を税務署から推奨されることもあり当該還付手続を潤滑に行う上で有効な手段となりえます。
2019年3月に経済財政省より税務調査手続にかかる大規模な改正がありました。デスク調査、限定的調査、包括的調査の3種類の調査について変更はありませんが、今回の改正によりそれぞれの対象となり得る期間が明示されました。また税務調査の通知から10営業日以内に調査を開始し、調査官の要求により7営業日以内に必要書類を提出するなど、手続上のスケジュールについても明確化されました。これまでは、必要書類の準備不足により税務調査官との口頭での交渉で書類の提出の延期が少なからず可能であったものがこの改正に伴い厳格化していくものと考えられ、税務調査の通知が届いてから書類を準備するのではなく、事業運営に伴い随時コンプライアンスに沿った書類を整備していくという意識が要求されるようになっていくものと思われます。
――会計・税務に関して、カンボジアで活動する企業が直面する問題は何ですか。
宮田 日本企業が海外進出するにあたり、本社の経理財務部門の方が常駐することは滅多にありません。そのため会計税務の知見・素養のある日本人がいない中、資金繰りの繊細なスタートアップ期などにおいて自社で会計税務を試みるも、後々申告漏れや会計と税務の不一致、必要書類の紛失などといったトラブルが発覚し、結果的に追徴課税等でコストが余計に膨らむケースがしばしばあります。ここカンボジアにおいても法制度が頻繁にアップデートされ、それがビジネスリスクにもチャンスにもなりますが、いずれにしても常に専門性の高い知識が必要になります。
――今後進出してくる日本企業が注意すべき点を教えてください。
宮田 カンボジアでは税務登録をしていない事業者も多く、そのような事業者へ商品・サービスを提供するにあたり付加価値税分を価格に転嫁できないといったケースや、関税を納付していない事業者との不当な価格競争に晒されるなど、コンプライアンス意識の高い日本企業にとって悩ましい問題が存在するのも事実です。そのため、カンボジアへの投資を検討するにあたり、自社の商品・サービスのターゲット層をとりまく外部環境について有用性のある事前調査を行いプランニングすることが肝要になります。
近年日本の上場会社の不適切会計の開示が増えていますが、その中でもグローバル展開を進める企業の海外でのガバナンスが徹底されていないことによる不正の発覚の事例が増えています。カンボジアに進出される会社様も「カンボジアだから大丈夫だろう」という意識では、想定外の税金コストが課されることはもとより、現金の横領や発注金のキックバックなどの典型的な不正や書類の未整備による会計数値の歪曲などのリスクを孕むことに留意が必要です。
――カンボジアにおける会計人材の育成に際して、問題点や貴社が行っている取り組みがあれば教えてください。
宮田 カンボジアにおいて会計税務の人材はいますが、大学等での勉強や会社内の実務において税法や会計基準の理論までを考慮せず、処理の仕方だけ覚えているといった人材が多いと認識しています。会計事務所として会計人材の雇用を通じ、会計の目的や考え方を身につけていけるよう啓発していきたいと思っています。
――カンボジアにおける会計・税務業界への展望をどうお考えですか。また会計・税務業界の発展には、何が求められると考えますか。
宮田 そもそも税務というのは会計的な知識が必要不可欠な分野です。例えば法人税の計算は会社が作成する財務諸表をベースに作成するため、少なくとも財務諸表の構成要素についての理解が必要となります。しかし、カンボジアにおいて税務学校はあるものの会計をきっちり教えられる機関(特にクメール語での授業)が不足していることから会計のバックグラウンドは依然弱いです。新興国では会計よりも税務に注目されがちですが、会計の目的と会計処理をしっかりと結び付けて学べる機会がより一層求められます。
――最後に読者に対してメッセージをお願いします。
宮田 カンボジアは目立った外資規制が少なく進出が容易な国のひとつです。しかしその進出の容易さから進出当初の管理が疎かになり税務調査で後から指摘をされるといったケースも多いので、事業計画の段階で注意すべき点を専門家に相談されることをお勧めします。