カンボジアに進出する日系企業のための
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(前編からの続き)2014年6月末にカンボジア初の大型ショッピングモールをオープンしたイオンモールカンボジアが開業前に事前調査した商圏分析によると、首都プノンペン中心地にあるイオンモール所在地から半径5km圏内のエリアには約70万人、約14万世帯の消費者が住んでおり、月収400米ドル以上の世帯がその78%(約11万世帯)を占める。同圏内で月収800米ドル以上の世帯となると、イオンモールが公表した円グラフを目測する限り8分の1(12.5%)程度のシェアだが、それでも約14万世帯 × 12.5% = 約17,500世帯。人数にして約83,000人(イオンモール調査より1世帯平均4.7人で算出)。 一方、プノンペン在住日本人の数は、在留登録者の2倍で試算したとしても約3,200人。83,000人:3,200人。営利を追求するビジネスとして飲食事業を展開するのであれば、どちらを相手にすべきかは明白だ。

そして最も留意が必要なのは、その相手にすべきマジョリティとなる顧客層、つまり在住日本人以外の在住者(カンボジア人、欧米人、中国・韓国等の非日本アジア系、以下「マジョリティ層」)の多くは、日本人が日本人的な感覚で良いと思う味や雰囲気の和食店のままでは、ほぼ間違いなく食いつかないという事実だ。

強豪店、老舗店、新興ながら繁盛している店舗はほぼ共通して、マジョリティ層が好む形にカスタマイズした商品・サービス・雰囲気の提供を徹底している。例えばイオンモールプノンペンに出店している和食店の数少ない繁盛店である居酒屋は、日本でも有数な店舗数を誇る大手居酒屋チェーンのフランチャイズだが、日本で展開する居酒屋スタイルをほぼ放棄している。カンボジア人をはじめ日本人以外の外国人などのマジョリティ層には、「お酒を飲みながら同時に小皿料理をつまむ」という居酒屋型の飲食スタイルが全く馴染まない事を分かっているからだ。

食べる時は食べる事に集中、飲むのはその後、という食事スタイルが主流であるマジョリティ層にあわせ、「居酒屋」よりも「居食屋」というコンセプトを標榜している。提供する夜メニューは家族で楽しめる中心価格帯5〜6米ドルの定食型がメイン。同時に酒の注文が出る事にはほぼ期待していない。
また、同モール内で同じく繁盛している日系ステーキハウスのフランチャイズ店は、看板は日本でも馴染みあるものだが、経営者はカンボジア人。日本での看板メニューであるステーキがメインメニューに据えられているが、実際よく出るメニューは、ステーキではない。昼夜問わずカンボジア人客で賑わう各テーブルを占めているのは5〜6米ドルの肉乗せライス的なメニューがほとんどだ。

繁盛店に行くと共通して感じられるのは、日本人が「美味い」「雰囲気が良い」と感じる部分へのこだわりや優先順位が明らかに低い事だ。つまりマジョリティ層の心をつかむポイントは、そこではないからだ。その結果、マジョリティ層を多くつかんだ店には日本人客が常連化しないケースも多く、在住日本人の情報からはその繁盛ぶりが見えないケースも多い。

なお、人数的には極めて少数な在住日本人をメインターゲットにして繁盛している和食店も、多くはないが存在している。その顔ぶれを見る限り、カンボジア暦の長い店主に話を聞きに来る/若くて人柄の良い日本人バーテンダーと楽しく騒ぎに来る/日本人女将のホスピテリティに癒されに来るなど、特定層の日本人を高頻度でリピートさせるプラスαの吸引力がある店舗が目立つ。

一方、開店当初は味・価格・雰囲気などの主要要素がどのターゲット層にも合わず初動でリピート客をつかみ損ねたものの、その後の修正努力で挽回している和食店も存在する。

繁盛店への転換

イオンモールの程近くに昨年末頃オープンした日系ビュッフェレストランは、当初用意したメニューこそ顧客を惹き付けられなかったが、来店したマジョリティ層から地道にアンケートを取り続け、味付けの修正に尽力した結果、いまではマジョリティ層の顧客で夜にテーブルが2回転する日も少なくないという。
イオンモールに出店した、九州地区を中心に大きくチェーン展開する日系ラーメン店も、当初の価格帯や味付けがなかなか受け入れられず苦労したようだが、価格や味を思い切って現地向けに切り替え、マジョリティ層に受け入れられはじめているようだ。
和食店の出店ラッシュが続く中、「違うな」と感じた店にわざわざ再訪問する在住日本人は多くない。よって上記のような挽回組の改善状況は在住日本人には見えづらい。ここも在住日本人の評判・風評からは盲点となる部分である。

食材業者の視点から

繁盛店の共通項や留意すべき点について、食材業者3社の日本人営業担当から伺った話をまとめてきたが、その3社に「今後カンボジアに進出する飲食店経営者がおさえるべき要諦は何かも伺ったので以下まとめてみる。
まず第一に、あせらないこと。
実際に安定感ある老舗が強いように、繁盛店には長く続けている店舗が多い。 現地マジョリティ層に広く受け入れられているローカル経営の鍋屋チェーンは今年で創業15年。出店早々いきなり大繁盛しているように見える強豪店も、実は近隣国で既に何年も展開していて東南アジア特有の苦労や経験も積み、酸いも甘いも全て分かった上での進出であったりする。プノンペンは生半可な覚悟では駆逐されてしまう激戦区ととらえ、進出するならじっくり腰を据えて取り組む決意で出店すべきだという。
第二に、日本食ブランドへの過信や自身の味へのこだわりを捨てる事。
カンボジアに関していえば「日本食は世界に愛され求められている」という総論と、実際にカンボジア人や欧米人が和食店に来て食べてくれるかという各論との間には大きな隔たりがある。世界屈指の「食の激戦区
である日本で実積ある飲食のプロほど、日本で評価されてきた味やスタイルへのこだわり・プライドを強く持っている。しかし、日本から約4,000Km離れた異国の地カンボジアで繁盛する店が「日本人的に美味くて居心地良い店」とは限らない。

誰を相手にするかというターゲット設定と、そのターゲットに受けるにはどうすれば良いかの施策をゼロベースから徹底的に詰める必要がある。「和食を出せば何とかなる」という曖昧なトーンの出店の結果、全く顧客をつかめず早期撤退した店舗も少なくないという。

カンボジアで繁盛店になるために

じっくり腰を据えて取り組む必要があるのは分かるにしても、具体的にどのようにターゲットを見極め、施策を打つのか。これも3社共通な見解だが、まずは時間をかけて自分の足と目で情報を稼くべきだという。

例えば経営者自身がまず1ヶ月くらいプノンペンに住んでみて、自分の足で飲食店を食べ歩いてみる。先述のとおり、在住日本人には見えない繁盛店もあり、一部の日本人から得た情報だけでは実態は掴めないと思った方が健全である。自分の足でいろいろと飲食店を巡れば、中には親身なアドバイスや現実的な忠告をくれる店舗オーナーもいるはず、とのこと。プノンペンの南側、飲食店出店ラッシュが最近始まったトゥールトンポン市場(ロシアン・マーケット)近辺に出店し繁盛している日系焼き鳥店が実際に営業を開始したのは、かなり長い時間をかけてプノンペンの飲食事情を熟知した後だったという。

さらに、損益分岐点の低い小規模な出店投資でスタートし、実際の顧客反応をもとに微修正を加えながら機を見て店舗拡大や、よりターゲットに合った場所に2号店を出店するパターンも勝率があがる方法とのこと。プノンペン中心地にまず出店したとある日系居酒屋は、意図してか偶然かマジョリティ層をリピート顧客につかみ、今年に入ってそのマジョリティ層がより密集したエリアに2号店を出店したという。

また、そもそもカンボジアに出店すべきなのかもよく吟味すべきポイントである。カンボジアは制度的に近隣他国に比べ外国人が進出・出店しやすい一方、同様なプレイヤーが数多く流れ込み続けた結果、今や激戦区と化している。そんな中、プノンペンに約1年半前に出店し、在住日本人に人気を博した本格とんこつラーメン店が2号店に選んだのはオーストラリアのシドニー。出店には制度やコスト面でハードルは高いにしても、客単価はプノンペンとは比較にならない程高く、意識すべきライバルは多くないという。
以上、食材業者3社の日本人営業担当から頂いた見解の概略をまとめながら眺めてきた。飲食ビジネスには縁がない素人である筆者ではあるが今回伺った各社のお話はなるほどと得心させられる示唆が多かった。

取材を通して感じたこと

筆者はカンボジアに約6年在住し外食メインの生活を続けているが、一顧客として新しい和食店を訪れた際、「美味しく居心地良いが、あまり客は入らないだろう」と予感できてしまう店も少なくない。なぜそう感じるのかと改めて考えてみると、いくつかの要素と、今回伺った話のポイントが多くの部分で符号する。

今回伺った話を踏まえて感じる所感としては、和食店が安定軌道に乗るために取るべき指針の行き先は「日本人にはウケなくてもマジョリティ層をつかんで儲かる繁盛店」か「日本品質にこだわり在住日本人の常連をつかむ小規模店」か、そのどちらかを突き詰めるしかないように思える。

営利ビジネスとして事業を成長させたければ目指すべき姿は前者で、規模拡大を狙わず黒字を維持しながら我が道を追求する後者も取り得る選択肢だろう。何にせよ、その両極のどちらにも到達できない中途半端な路線の先には、明るい未来を期待するのは難しそうだ。飲食業を営まない筆者が感じる素人的な所感で恐縮ではあるが、今回の取材を通して感じた事のまとめとさせて頂きたい。

今回快く取材に応じて頂き、貴重な情報やご意見を下さった3社の営業担当皆様に深く感謝したい。彼ら食材業者の商売は、顧客飲食店の売上が伸びれば伸びるほど大きくなる。つまり彼らはビジネスにおいて飲食店事業者と長期的利害が確実に一致するプレイヤーである。飲食事業に限らず、海外進出の際のアドバイザー選びの要諦として「長期的利害が一致していることは重要なポイントだ。今回ご協力頂いた3社は、出店される方々に対して口を揃えて「あせらずじっくり」と主張している。長期利害が一致するプレイヤーの言として傾聴に値する主張であるはずだ。

一方「急がないとチャンスを逃す」と何かにあおられているように見えるケースも散見されるという。「居抜きでいい物件が出た、すぐ決めないと他で埋まってしまう」等という類の話には警戒が必要とも。出店してはみたものの残念ながら力尽き極力低コストで手仕舞いしたい撤退組と、焦ってついついお金を出してしまう進出組の間をうまく取り次いで鞘を抜く裁定ビジネスも横行しているという。進出支援を依頼するアドバイザーの利害はどこにあるか、じっくり考えたうえで話を聞くのもまた一手である。

筆者としては本誌をお借りして3社を平等にご紹介する機会とさせて頂きたい(なお筆者に商売上のメリットは一切ない)。先述の通り特色の異なる3社3様の切り口で、飲食店進出を考えられている方々に親身かつ真摯なアドバイスを下さるに違いない。各社による健全な競争により和食材供給レベルがさらに上がり、さらに長く続く和食の良店がカンボジアに増える事に、本稿が微力ながらもお役に立てば幸いである。

2015/4/30

JCGroupは、カンボジアを拠点とする日系事業グループです。“Made by Japan&Cambodia”をテーマに、農業、金融、物流、IT、メディアなど幅広い分野で、“JC(Japan&Cambodia)”による共同事業を展開します。
http://jcgroup.asia/

  髙 虎男
Ko Honam

早稲田大学政経学部経済学科を卒業後、日本の大手監査法人、戦略コンサルティング兼ベンチャーキャピタル(一部上場企業 執行役員)を経て、2008年カンボジアにて日系事業グループ「JCグループ」を創業。日本公認会計士・米国ワシントン州公認会計士。


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