最近の経済・ビジネス系報道で聞かない日はない流行キーワード「フィンテック」。英語の「ファイナンス(金融)」と「テクノロジー(技術)」を組み合わせた米国発の造語であり、最新IT(情報技術)を活用した決済や運用などの新しい金融サービスを指す。世界最高峰の頭脳がしのぎを削り革新的サービスを次々と繰り出し続ける、いま最もヒトもカネも集まる華やかなその世界とは、一見なんら縁のないように見える後発新興国カンボジアで、実は「フィンテック」の萌芽はむしろ先進国を上回る速さで芽生え、一部の分野では既に大きく成長している。
新興国なのにもかかわらず一気に普及するカンボジア版フィンテックの現状と、新興国だからこそ急速に浸透するその理由を追う。
カンボジア首都プノンペンの中心地ボンケンコン1。元々は主に外国人や現地富裕層が多く住む高級居住エリアであったが、今や外資系大手チェーンのレストラン・カフェ・スウィーツ店やお洒落なブティックが軒を連ねる高級繁華街となっている。
カフェやレストランでくつろぐ外国人や現地富裕層客がスマホやタブレットを片手に飲食を楽しむ姿は、プノンペン在住者にとっては見慣れた日常風景となって久しいが、今では道端で客を待つトゥクトゥク(客車付きバイク)運転手から屋台で定番の朝食バイ・サイチュルーク(豚肉乗せご飯)をほおばる庶民まで、現地で目に留まる人々全てがスマホやタブレットを手にしているといっても過言ではないほど、携帯通信端末の普及は隅々まで広がっている。
カンボジア電気通信省(Ministry of Posts and Telecommunications, MPTC)の発表によると、2014年上半期末時点で携帯電話契約数は2,000万件を突破。数にして総人口約1.500万人の1.3倍以上(対人口普及率 約133%)となっている。
小規模ながら急成長が見込めるこのカンボジア携帯通信市場は、まだ誕生して間もないながらも苛烈な競争の歴史を呈してきた。当初3つの通信キャリアからスタートしたこの市場には2006年を境に多くの通信キャリアが参入し、2011年には9社のキャリアがひしめきあい各社怒濤の販促キャンペーンを繰り広げていたが、2013年から合従連衡の波が一気に押し寄せ、2016年現在では3強に収束しつつある。
ベトナム系キャリアのヴィッテルを母体とする「メットフォン」が今も市場の約47%を占めるトップキャリアながら、マレーシア系キャリアのアクシアタを母体とする「スマート」が活発なプロモーションとデータ通信サービスの拡充により約39%と勢いよく追い上げを見せている。カンボジア有力財閥ロイヤルグループ傘下の「セルカード」は約12%とトップ2には大きく引き離されつつも業界3位を維持。残り2%を小規模キャリア数社が分け合っている状況となっている。
携帯キャリアにせよインターネットサービスプロバイダ(ISP)にせよ、小規模市場の中で多数の業者が果てしない品質競争と値下げ競争を繰り広げざるを得ない状況が続き、結果としてカンボジア在住者は良好な通信ネット環境を極めて格安で享受できる幸せな状況が続いている。
首都プノンペンのみでなく各地方の主要都市でも快適な無料WiFiを提供するホテルやカフェが選ばれるのは既に当たり前の状況となっており、カンボジア携帯電話から日本に直接国際電話をかけても通話料は10円/分以下で済ますこともできるため、日本と違いランニングコストは低い。また、富裕層および中間層各々にとって、その所得や借入可能限度に応じたスマホ選択肢が、新品で700ドル~800ドル程度のiPhoneから100ドル以下の廉価品まで幅広く取り揃えられているが、前号でも取り上げたマイクロファイナンス機関の急増も手伝って、イニシャルコストも低くなっている。
一方、内資・外資合わせて既に35行の商業銀行を擁し、携帯通信市場と同様に急速に成長しているカンボジア国内金融市場ではあるが、カンボジア国民の銀行口座保有率は2014年現在で約22%(世界銀行)。カンボジア国民5人のうち4人が銀行口座を持っていない計算となる。カンボジアのみならず、タイやマレーシアなど東南アジアでは先行成長組であってもその銀行保有率は80%前後であり、ベトナムでは31%、インドネシアでも36%と、各国まだまだ低い状況である。
地方隅々まで行き渡らない支店網、口座開設時のID提示や最低預金額など一般庶民にとってのハードルの高さ、割高な各種手数料など、東南アジア各国で銀行口座保有が普及しない理由はほぼ同様である。かつ、カンボジアに関して言えば、預金保護等の救済制度も存在せず、まだ成長し始めたばかりの銀行業界そのものへの信頼感の欠如や、すでに割安な手数料で国内各所での送受金サービスを提供する送金業者の存在が、普及を滞らせる大きな要因ともなっている。
銀行システムの未整備による銀行口座保有率の低さ(カンボジア22%)と通信環境・通信端末の急速な普及による携帯電話普及率の高さ(カンボジア133%)が並存する状況は、ここ数年でよく見られるようになった後発新興国特有の現象と言える。銀行システムの未整備はそのまま既得権益の未確立につながり、それは銀行業界が自らの“縄張り”を維持確保する規制の縛りがまだできあがっていない状況につながる。一方、先進国に勝るとも劣らない品質の通信システムを手にしている国民や民間業者は、便利でさえあれば多少のエラーやリスクがあっても”いま目の前の不便や課題を解決するサービス”を見切り発車で開始してしまう。
先進国であれば当局許認可や金融業界のコンセンサスが必須となるようなお金のやりとりにかかわる新規サービスも、後進国ではなし崩し的に開始・普及してあっと言う間にインフラ化し、当局や金融業界もそれを追認せざるを得ない状況となる。銀行などの先進国的インフラが整うのを待つことなく、今すでに手に持っているスマホ・携帯だけで簡単かつ便利にお金のやりとりができるなら「少額だし、ちょっと使ってみようか」と試してみることに国民誰もが全く抵抗がない。
JC Groupはカンボジアを拠点とする日系事業グループです。
“Made by Japan & Cambodia”をテーマに、カンボジア現地での農業を主軸事業とし、それに物流,金融,ITを複合させた「カンボジア版日本型農協モデル」を事業展開しています。
http://jcgroup.asia/
早稲田大学政経学部経済学科を卒業後、日本の大手監査法人、戦略コンサルティング兼ベンチャーキャピタル(一部上場企業 執行役員)を経て、2008年カンボジアにて日系事業グループ「JCグループ」を創業。公認会計士。
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