カンボジアに進出する日系企業のための
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特別レポート(2018/5発刊8号より)
カンボジア農業最前線
〜最貧国の零細国家が手にした『神器と信用』が引き起こす農業変革の波〜(3/4)
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高層ビルや高級コンドミニアムが次々と建設され大手小売や飲食チェーンの進出も相次ぐなど、カンボジアの高度経済成長を象徴する首都プノンペンはその要望も一変した。一方、首都近郊から少し離れればすぐに見渡す限りの田園風景が今も広がっている。首都の眺めの急激な変化とは対照的に、どこまでも続く昔ながらの原風景だが、そこでの農業の営みには大きな変革が起き始めている。首都経済からは見えてこないカンボジア農業変革の潮流を追う。

非効率だった畜力農耕

special-report-0804 では、そのカンボジア現地農家は実際どのように日々農業を営んでいるのか。私見ではカンボジア全州の現地農家の農業・生活実態を適時かつ網羅的に捉えた(かつ信頼に足る)統計データはほぼ皆無である。そこで恐縮ではあるが、2008年創業以来バッタンバン州において230ヘクタールの農地で稲作事業を5年、その後現在に至るまでカンボジア全土において日本の「農協」的なスキームで多くの現地農家に対して農機や資材をファイナンスと共に提供する等、カンボジア農業事業を本業としている当社「JCグループ」の視点から、カンボジア農家による農業実態の今を眺めてみたい。

  カンボジア農家は、この10年の間コメの国際価格騰落に大きく左右されることなく淡々と農業を続けてきたと先に述べたが、そもそも広大な農地に比べ人口が少なく地方では慢性的な過疎化が進む中、大きな課題は効率の悪い畜力農耕であった。1ヘクタールあたり8~10人日はかかり、かつ牛や水牛を継続的に労役に使える時間や日数も限られるため、耕運だけでも実質的に長い時間がかかるからだ。この状況を大きく打開したのが農耕用トラクターだ。トラクター自体は1980年頃からカンボジア政府の国有財産として旧社会主義諸国より輸入され始めたが、1989年以降は国有化が解かれ、個人・共同所有化が始まっても、農機の老朽化や部品の不足という要因により、2000年代中盤まで一般農家に普及しなかった。

ファイナンスが農業手法を変化させた

 1ヘクタールの耕運に数週間かかる牛や水牛の二頭立てよる畜力耕運に代わる、より深い起耕・砕土均平作業を小1時間で終わらせられるトラクターの普及は現地農家の農業スタイルを抜本的に変えた。

 当然全ての農家がトラクターを購入できるわけではない。カンボジアで現在でも主流のトラクターは60~70馬力で、価格も新車で2万5000米ドル~3万米ドルはする。金融インフラが現在ほど整っていなかった当時、トラクターを購入できるのは数少ない大規模富裕農家のみであった。そこに2010年代以降、マイクロファイナンスを主とした金融インフラが急速に普及してきたことにより事情が大きく変わってくる。

 5ヘクタール以上の農地を所有してはいるが、トラクターの即金購入はできなかった中規模農家が、ファイナンスを得ることでトラクターを購入することができるようになる。トラクターを使えば自身の農地の耕運はあっという間に終了する。その後、トラクター所有農家は近隣の零細農家の農地耕運をヘクタール単位で請け負うようになる。いわゆる賃耕ビジネスと言われ、トラクター所有農家は自身の田畑からの収穫収入以外に他人の農地の耕運請負による新たな収入源を得ることになる。これは同時にトラクターを自ら購入できない(かつファイナンスも得られない)零細農家も、自身の農地を他者のトラクター賃耕で耕せることになり、結果的に中規模農家のトラクター保有による機械化が耕運請負を通じて零細農家にまで波及し、中小規模農家全体の収穫効率を底上げする。収穫に使用するコンバインも同様で、コンバインをファイナンスで購入した農家が収穫請負(賃刈ビジネスと言われる)を行うことで、中規模から零細農家に至るまで今まで手作業で行なっていた収穫の効率が圧倒的に向上する。こうして耕運・収穫の機械化がファイナンスと賃耕・賃刈ビジネスを通じて広く現地農家に普及し始め、カンボジア現地農家の農業手法は現在進行形で劇的に改善している。



  髙 虎男
Ko Honam

早稲田大学政経学部経済学科を卒業後、日本の大手監査法人、戦略コンサルティング兼ベンチャーキャピタル(一部上場企業 執行役員)を経て、2008年カンボジアにて「JCグループ」を創業。日本公認会計士・米国ワシントン州公認会計士。


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