高層ビルや高級コンドミニアムが次々と建設され大手小売や飲食チェーンの進出も相次ぐなど、カンボジアの高度経済成長を象徴する首都プノンペンはその要望も一変した。一方、首都近郊から少し離れればすぐに見渡す限りの田園風景が今も広がっている。首都の眺めの急激な変化とは対照的に、どこまでも続く昔ながらの原風景だが、そこでの農業の営みには大きな変革が起き始めている。首都経済からは見えてこないカンボジア農業変革の潮流を追う。
カンボジア首都プノンペンから国道5号線に沿って北西に約300キロメートル、タイとの陸路交通の要衝に位置するバッタンバン州は、古くからカンボジア第2の都市と知られ、国を代表するライス・ボウル(米作地帯)でもある。バッタンバン州産のコメはその香りの高さと美味しさで知られ、他州産よりも高値で取引される。
カンボジア全土でのコメの大収穫期(11月 から年明け1月)を終えた2月、バッタンバン州のとある農村。収穫・脱穀後に天日干しされ一袋60~70キログラム程度のサック(日本でいう米俵)に詰め込まれた籾(もみ)が各農家の自宅軒先にうずたかく積み上げられ、それら農家の軒先を巡回する大型トラックが目立つようになる。
トラックの荷台には大量のサックが積まれ、2、3人の現地人男性達がそのサックの山の上に座り込んだまま、トラックは狭い農道を器用に走り抜ける。農家の手前で停まったトラックから降りた男達の中の一人が、農家に積まれたサックに、日本では“刺(さし)”と呼ばれる筒状の棒を刺して籾を抜き取り、品質をチェックする。
秤で重量を計り、キロあたりの価格交渉がスタートする。交渉と言っても実質的には単なる価格提示でほぼ即決。その時々の籾の相場感を、現地をトラックで巡回するバイヤーから各末端の農家まで、皆ほぼ正確に把握しているからだ。現金払いで籾の買い付けに巡回する多数のバイヤーと各々農家とのやりとりの情報が、近隣農家のネットワークで拡散する。
バイヤーはタイやベトナムなど近隣国からも乗り込んできており、その各国相場も織り混ざりながら適正なマーケットプライスが形成されていく。バイヤーが買い付けた籾は、現地の大手精米工場に卸されて国内に出回るものもあるが、その多くはタイやベトナムなど近隣国にモミのまま流出されているのが実態だ。
カンボジア人農家からしてみれば、自宅の軒先まで出向いてくれて、納得感ある相場価格により即金で買い取ってくれる相手なら、バイヤーが何人であろうが大歓迎だ。こうしてカンボジア産のコメは、籾のまま政府の輸出統計に計上されない形で近隣国に“流出”し、流出先の国で精米され、その国のコメとして他国に “輸出”されていく。
カンボジア王国の名目GDP(国内総生産)は約177億米ドル(2015年IMF推定値)。世界銀行の予測通りGDP成長率が年7%であるとすれば2016年は約189億米ドル、約2兆円の規模と推定される。
カンボジア王国農林水産省(MAFF)の2016-2017年年次報告によれば、2016年度GDPに占める農林水産業の割合は26.3%で、そのうち農作物は62.39%。つまり、カンボジア農作物市場は2兆円×26.3%×62.39%≒約3300億円程度の規模と推定される。
GDPの農林水産業比率は2012年には35.6%であったものが徐々に低下してはいるものの、国家経済全体が年間7%成長を続けると予測される中、農業は依然として国家の主要産業の一つだ。他の主要産業である輸出産業や観光業が人件費の高騰による生産工場機能としての魅力の低下や、世界遺産であるアンコールワット一本足打法から抜け出せない現状を鑑みるに、農業はいまだ“成長の伸び代”に希望を持って見いだせる分野でもある。
カンボジアの主要農作物の筆頭は今も昔もコメである。先述のMAFF年次報告によれば2016年度のコメ総収穫量は995万トン。日本では同年で約800万トン(日本国農林水産省)と、生産量では日本を上回っている。なお、当然その生産効率には大きな彼我の差があり、先述同資料によると日本では1ヘクタールあたり収量は約5.3トンであるのに対し、カンボジアは公表上では約3.2トン。筆者の所感としてはもっと低く、恐らく2.3~2.5トンあたりと思われる(私見)。逆の見方をすれば、土壌は肥沃ながら機械化・効率化が未熟であるがため、 低い生産性に甘んじているとも言える。
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